寺千代の世界


6.〜偉大な音楽家とは〜


 映画『別れの曲』。

 私がこの映画の存在を知ったのは、題名は忘れてしまったけれど、大林宣彦監督の著書からだ。



 監督の映画は、ほぼ全作品を観ているが、その作品のほとんどに、ピアノやクラシック音楽が登場するのは、監督が二歳半の頃に出会った「ピアノ」という、監督にとって不思議な存在のおかげであろう。
 うる覚えで申し訳ないのだが、監督は生家であった尾道の納戸でピアノを発見する。監督の父君は、代々続くお医者の家系であった。

 このピアノは、弦が張られておらず、弾くとカタカタという音が聞こえる。初め監督は積み木だと思っていたらしい。弦が張られていなかったのは、当時、戦争があったからだったような気がする。

 戦争が終わり、ピアノに音が加わった時、監督はとても驚いたそうである。
 それが、監督の原体験であり、その強烈な想いが、やがて彼の自主映画の背景曲を、自らのピアノで彩ることにつながっていくのである。



 そんな大林宣彦監督にとって、クラシックの作曲家の中でも、特別な思い入れがあったのが、ピアノの詩人、フレデリック=ショパンである。

 監督にとって、もう一人忘れてはならないのが、小説家の福永武彦氏。彼が1954年に発表した『草の花』は、監督の愛読書となり、その中にはなんと、ショパンの曲が、言葉では言い表せない、登場人物の心情を物語っていくのである。



 さて、冒頭に書いたように、私は監督が「僕はこの映画のショパンのように、悲しくも切ない、才能と孤独にあふれた、真の芸術家になりたい」と決意させた、その瞬間に立ち会ってみたい(=その映画をこの目で見てみたい)という思いにかられていた。

 それが、ショパン『別れの曲』である。

 練習曲作品10-3というこの曲に、このような馴染みやすいタイトルがついた経緯には、この映画と同時に、この曲のことが人々に知られるようになったということがある。

 しかしながらこの作品は、1935年の日本公開以降、DVD化されることがなく、2010年2月24日に初めて、若い世代の私たちがこの作品の全貌を知ることとなったのだが、このDVDに記された評論を、なんと大林監督自身がされている。

 大林監督によると、なんとこの映画を観たのは初めてだということ。

 いったいどういうことかと思ったら、DVDとなったこの映画は、ドイツ盤であり、監督が昔見た「別れの曲」はフランス盤だったということなのだ。
 ところが、その劇中に出てくるセットは、すべて一緒。
 なんと、同じ映画を、俳優を変え、言葉を変えて、同じセットの中で、フランス語盤とドイツ語盤の二作品を作ったということらしい。
 またもや新鮮な驚きと同時に、いまだ(2013年12月)発売されていない『別れの曲フランス語盤』を、ぜひとも観てみたいと思うのは、やはりショパンだけでなく、その素晴らしさを教えてくれた大林宣彦監督への一体願望であるかと思う。



 今日は『別れの曲』の内容ではなく申し訳ないのだが、その代わりに、1945年のアメリカ作品で、『楽聖ショパン』という作品がある。エルスナー教授(ショパンの恩師)がとても大切な約束事をショパンに語るシーンがあるのだが、それをここに記しておきたいと思う。

 一部ネタばれなので、『楽聖ショパン』を、これから見てみようと思う方は、自己責任でお読みいただきたい。


登場人物
 エルスナー教授
 フレデリック・ショパン
 ジョルジュ・サンド

 ショパンがジュルジュ=サンドと付き合うようになってからというもの、彼と連絡がつきにくくなってしまった、彼の恩師、エルスナー教授(ポール・ムニ)は、彼の演奏会が催される日、演奏会の直前、彼に会うことが出来た。

 彼は、人が変わったように、自分を避け、まるで目前にいるジョルジュにだけに、心を許しているかのように見える。
 かつて、エルスナー教授と共に、祖国ポーランドの独立を夢見ていた頃の情熱を、彼に感じられない。


エルスナー教授
「思ったより元気で良かった」

ショパン
「何で来たんですか?」

ジョルジュ・サンド
「大切な話しがあっていらしたの。率直にまとめましょう。
ポーランドで暴動があったわ。そのお話しだと思うけど」

ショパン
「…それはお気の毒に」

エルスナー教授
「おかしいな以前の考え方と違う。必要なのは、努力だ」

ジョルジュ・サンド
「彼は才能をつくすことで、精一杯よ。
ポーランドの暴動。世界にとっての悲劇だわ。解決には時間が掛かる。
彼には関係ないわ」

エルスナー教授
「才能は貴重な贈り物だ。

天才は一人のために多くの凡人が才能を奪われる。
偉大になればなるほど、人々を思いやるべきだ。
才能を使って人に尽くせ。
良識と誇りを失った者が、才能を持っていても無駄だ。

身勝手になって孤立したら、獣と同じだ」



この映画の影響を受けた、大林宣彦監督。
そして、大林宣彦監督の影響を受けた、私。
この記事をお読みいただいたあなた。

正しい想いと、生きるのに必要な賢い智恵は、
このようにして受け継がれていく。


                                         寺千代

                                            2013.12.8
                      先人の言葉
                   映画 『楽聖ショパン』より〜

http://www.youtube.com/watch?v=YMhor2KeKXg
youtube 「予告編」




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