不思議なお話し
言霊の力を実感した時のお話し 私は以前、ある劇団に所属していました。 劇団の稽古というのは、時には意外なことをやったりします。 普段は、活舌(かつぜつ)を良くするための早口言葉だとか、身体を柔らかくするための柔軟体操だとか、筋トレだとか、やるのですが、ある時、こんなことをやってみたんです。 先輩の女優さんが、こう言いました。 「みんな、ペアになって。互いに向き合って。そこで発するセリフは、たった一言。『海(うみ)』。この海は、一体どんな海だろう?それを表情とか仕草とかを使わずに、ただ言葉だけで伝えてみて。それが、どんな『海』なのか、相手に伝わるかどうか。やってみましょう」 それを聞いたとき、私はまるで超能力の訓練だと思ったのですね。 そして、みんな演技の学んではいるけれど、ふつうの人よりは感性が強いとは言え、まさか、そんなこと出来るはずがない。初めはそう思っていました。 ところが… 発信者1「海(うみ)」 受信者1「う〜ん…。こうやって、広く見渡す海じゃなくって…、なんだか波が、すごく低い位置に見えてて…なんだろう?これって、海なの?」 指導者「ふ〜ん。なんだろうね。ね、なんて思って海(うみ)って言ったの?」 発信者1「うん。前に海水浴に行った時にさ、砂浜から少し離れたところまで泳いで行って、そこから砂浜を見た時のイメージを思い出して、『海(うみ)』って言ったんだ。 受信者1「あぁ!そう!だから、水がここら辺で見えてたの」 かなり正確に伝わっていたと感じた。 もう一組の実験結果はこうである。 発信者2「海(うみ)」 受信者2「え?これって…。海?海って言ってるけど、海が見えない。確かに海があるはずなんだけど、海が見えて来ないんだよね」 指導者「今度は、どんな海だったの?」 発信者1「実はこのあいだの演目で、崖の上のシーンを演じたでしょ?それのモチーフを探すために、みんなで行ったあの崖の上から見た海なんだよね」 指導者「でも、海は見えなかったって言ってたよ」 発信者「それはそのはずだよ。だって、僕は高いところが苦手で、結局あの崖の上から海は見れなかったんだもの」 受信者「そうか!海が見えなかったのは、そのせいなのね。なんだか下を覗いているような気がしたのも、それで分かった!」 発信者と受信者が、本気になって、海(うみ)というほんの短い言葉を放った。それでも、その言葉の中にあるイメージ、もしくは感情といったものまで、これほど正確に伝える、または伝わる力を人間は持っているのである。 |