護美(ごみ)
〜本来無一物〜
                                      
〜自慢したくなった時に〜

台所に立っていて、ふと思ったことがある。

僕がいま、この
三角コーナーに捨てた野菜の尻尾は、
いま、この瞬間に
ゴミとなってしまった。

三角コーナーの中には、
食べ切れなかった、お昼ごはんの残りも、
父が飲み終わった、急須からあけた
茶殻も、
さっと拭いて、さっと
捨てたキッチンペーパーも、
入っている。

これを一括して、みんながゴミと呼んでいるわけだが、
ゴミと呼ばれる
物質は、どこを探しても見つからない。

特に、いま捨てたばかりの
野菜の尻尾は、
限りなく
野菜に近くって、
たぶん、これが、いつからか、
本当にゴミらしくなっていくんだとは思うけれど、
「ゴミ」と呼ばれるものは、
もともとは、ゴミじゃあなかったんだと、
なんだか
しみじみと考えてしまった。



中国禅の歴史の中に、こんなお話があります。
菩提本無樹 明鏡亦非台
本来無一物 何処有塵埃

五祖弘忍禅師は、自分の後継者としてふさわしい人物を決めるために、
自分の今の境地、心境というものを
詩に表わして提出するようにと致しました。

数百人いたお弟子たちは、
それぞれ一晩かかって考え抜きましたが、
なかなかいい詩が思い浮かびません。

お弟子の中でも、第一位と誉れの高い神秀は、
それは簡単なことだと、次のような詩を著しました。

身は是れ菩提樹、
この身は菩提(悟り)を宿す樹である
 心は明鏡台の如し、
心は澄んだ鏡のようにすっきりしている
 時々に務めて払拭して、
いつも精進して心を磨き上げて
 塵埃を惹かしむること勿れ。

煩悩妄想の塵や埃で決して汚すまい

誰もが、この詩を絶賛致しました。
「さすが、神秀だ」と。
「お師匠様の後を次ぐ人間は、神秀しかいない」と。

一方、慧能は父が早くに亡くなり、薪を売って母親を養っていたため、
無学文盲でありました。
ある日、町で般若波羅蜜経の読誦を聞いて
出家を思いたち、
弘忍禅師に懇願して寺男として働いていた人です。
為すこととと言えば、瓶の中の玄米を棒でつついて白米にする仕事。
来る日も来る日も、そればかり。。

入門して、まだ幾端もいかない頃でした。

夜中、壁に掛けられていた神秀の詩を見て、
他の僧にその意味を教えてもらいました。

それならば自分にも書けると、
神秀のすぐ隣りに、やはり別の人間に頼んでこう記してもらいました。

 菩提もと樹に非ず、
悟りにはもとから樹など無い
 明鏡亦台に在らず、
澄んだ鏡もまた台では無い
 本来無一物、
本来すべてのものは(無きものと)ひとつである。
 何れの処にか塵埃を惹かん

それのどこに塵や埃がつくはずがあろうか?


 弘忍は、慧能を六祖と認めました。

                      六祖  慧能禅師


寺千代
                                                    勝ち組、負け組み
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