お兄ちゃん


僕の前には、いつもお兄ちゃんがいた。
6歳も年上のお兄ちゃんは、気がつくともう、あちこちを飛び回っていた。
いつも新しいことを、僕の出来ないことを、すごいことをぱっとやって見せていた。

力では決して勝てるはずがなかった。

何度だって意地悪をされて、そのたんびに泣かされたこともある。

それでも僕は、お兄ちゃんを憧れ、お兄ちゃんをこそ見習って生きていきたかった。


そういえば、ちょっと上の優ちゃんは、僕とあまり似ていないけれど、
お兄ちゃんと僕は、なんだかそっくりだった。
街に一緒に出かける時は、
何だか似すぎていて、はずかしいから嫌だと言っていた。

お兄ちゃんが一人暮らしをしていた
山の上のお家まで、友達を連れて登って行ったことがある。
子どもの僕が、息を切りながらこんなところまでやってきたことに、
お兄ちゃんはびっくりしていた。

そして、とても喜んでくれた。
僕は、とても嬉しかった。

一緒に登った友達は、後で考えてみるとただ疲れただけに過ぎなかったと思う。
でも、僕は、ここまで来てみたかった。
嫌がる友達をひっぱって、どうしてもここに来てみたかった。

僕は、
満足だった。



僕は子どもの頃、よくにうなされた。
どんな夢にうなされていたのかは、もう覚えていない。

ただ、末っ子だった僕は、生まれたときから全部、
周りは、僕よりもすべてが大きいものだった。
大人たちからは可愛がられたけれど、
僕は何でも命令に従うだけの、子どもだったような気がする。
(また、それが心地が良かった)

どうすれば、強くなれるのか?
どうすれば、一人前の格好いい大人になれるのか?
毎日過ぎていく、子どもだった時間は、そればかりを考えていたような気がする。


急に、
あいつがだらしなく見えてきた。
僕の憧れの、夢の、対象がガラガラと音を立ててくずれていった。
体が弱ければ、鍛えればいい!
僕は、あいつみたいになんかなりたくなくって、体を鍛えた。
悔しくって、悲しくって、一生懸命に体を鍛えた。

もはや、僕より強いあの人は、
もう、どこにもいなかった。

・・僕のが、強かった。
僕のが、男らしかった。

僕のが、
大人だった。

十分に!
絶対に!!
たぶん。
(きっと‥)
大人だった。。


………。

そして、また、何年かが過ぎた。


僕には、
いつしかあの頃の僕とそっくりな息子が出来た。
僕も、人の、親になった。

お兄ちゃんは、相変わらず自分の体とたたかいながら、
まだひとり身のまま、毎日をなにやら懸命に生きている。

息子を寝かせつけながら、うとうととした夢の中に、
裸で転がっている、僕にそっくりな男の子が見えてくる。
その男の子は、何かにうなされていて、
とても苦しそうで、どうにかしてあげたいのだけれど、
僕にはどうにもできなくって…

ふと、見上げると、それを心配そうにずっと見守っている人がいる。
それは、僕のお兄ちゃんだ。
あの頃じゃない、今のお兄ちゃんが、
僕と同じように困った顔をしながら、
どうしたらいいものか、どうしてあげたらいいのか、
ずっと、ずっと、その男の子を見守っている。


僕は、お兄ちゃんに憧れていた。
とても、怖い夢を見ていた。

もう、その夢の内容は、
思い出すことができない。



寺千代
2007.1.6記事

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